プロローグ




「オリハウラ、契約内容を変更してくれ」
そう、ジュノウに言われたときのオリハウラの焦りっぷりと言ったらなかった。

何秒か固まった後、
すっとんきょうな声を上げひたすら「なんで?なんで?」と繰り返した。

契約の解除かとか、「二度と顔を見せるな」とかそんなことになるんじゃないかと思ったらしい。
何しろ、思い当たるフシがありすぎた。


「用事を思い出した」と逃げ回るオリハウラをなんとかなだめ、 日が傾く頃、ようやく説明するところまでこぎつけた。
「お前の非じゃない。 ガーベラとネージュのことだ。」
「…二人に何の関係がある? 我とお前の契約だろう。」

―――ガーベラとネージュ。 ジュノウとパンセの子だ。
ガーベラは10歳になったばかり。ネージュは今度7歳になる。
生まれたときから見守ってきたこの二人を、オリハウラは孫のように思っている。
まさかジュノウが家族を持つとはなぁ… 感慨深くなる。
パンセもすっかりこの世界になじみ、立派に母親をつとめている。 …その不可解な能力は相変わらずだが。
ジュノウとの付き合いもついに15年になった。


「二人がこの間… 傭兵に志願した。」
「へぇ…」


へぇ と返事をしたのは自分だったか。
ことを理解したのは返事をした5秒後だった。

「よ、傭兵?! 二人がかッ?!」
ジュノウは頭を抱えている。
「そう… 俺にバレないようにやったらしい…」
「まだ10歳と7歳だろう?! 何を考えとるんだ…」

そういえば… とオリハウラには思い当たることがあった。
ジュノウは傭兵稼業をとっくにやめていて、薬や魔法で生計を立てるようになっていた。
そんなジュノウの昔の仕事をどこで聞きつけたのか、ガーベラがやけに熱心に訊いて来たのだ。

「お父さんはヨウヘイをやっていたの? どこでやっていたの?  どうやってなるの?」
オリハウラは使役されている身に過ぎなかったから、詳しいことは知らなかった。
とにかくいろいろな戦場をジュノウとパンセと周り、たくさんの仲間と過ごしことぐらいしか教えられない。

その話がどうやらガーベラの中で美化されてしまったらしい。

その日のうちにガーベラは傭兵をやりたい と、両親に訴えた。
「当然、ダメだと言ったさ。」
ジュノウが深いため息をつく。

だが、ガーベラは諦めない。両親が居ない隙を狙って、ネージュと二人傭兵の登録所へ行ってしまった。
戦乱続くこの大陸では、幼い子どもが戦場に出ることは少なくない。
ましてや、ガーベラとネージュにはパンセから受け継いだ能力がある。 なんの苦もなく登録できてしまったのだ。

「…なんでネージュまで?」
少年のあどけない表情を思い出す。 傭兵稼業なんかより、虫を追いかけているほうを好むだろうに。
「さすがに一人じゃ不安だったみたいだ。 修行が出来る と言ったらすぐついてきたとさ。」

ジュノウが更に深いため息をつく。 父親が娘を案ずる姿だが、どう見ても…
ガーベラの無鉄砲さと好奇心の強さはジュノウに似たと思う。
そしてネージュのお気楽さはパンセ似だ。


「で、だ。」
ひょいっと顔を上げたジュノウを見て、オリハウラは何か嫌な予感がした。
そういえば、契約内容の変更の話をしていたんだ…
二人が傭兵になったことに関係する契約になるってことだ。 それって…

「戦場で二人の面倒を見る という契約を追加したい。」
「はぁぁ?! なんでだよ!」
「危ないからだ。」
全くコイツは… 娘が娘なら、父親も父親だ!

「さっさと引っ張っていって、登録解除させればいいだろうが!」
「それにはしのびなくてなぁ…。 気持ちはわからんでもないし…」
悩んでたあの姿は嘘か?

「だったらジュノウ!お前がついていけばよいではないか!」
全く、このときほど自分が正しいと思ったことはない。
「俺は戦場から離れて久しい。 それにお前のほうがいろいろできるだろ?」

言うだけ無駄なようだ。 …そう、娘のガーベラと同じだ。
やると決めたらテコでも動かない。
しかもデリカシーは欠片もない。

そういえば、パンセを拾って1ヶ月で戦場に連れて行ったような男だった。


オリハウラはジュノウ以上に長いため息をついて、契約変更を受け入れることとなった。



まったく無責任な…



……残念ながら、そんなに悪い気もしない…。