神官と咎人 花と記憶 28







風が器を撫でる。

オリハウラはひとり、見渡しのいい丘の上に座っていた。
丘の下には小さな森。そして家が見える。
家。 自分の家。 自分たちの、家。
大好きなこの場所に、今日一日居ると決めた。



空が黄昏にくれるころ、丘の上に客がもう一人訪れた。

「こんなところにいたのか。探したぞ」
ジュノウがオリハウラの横にどかりと腰を下ろす。
特等席は広い。 たまには二人で日暮れを眺めるのも悪くない。

「訊きたい事があるんだが」
前置きをするなど、ジュノウらしくない。 返事もせずに景色に魅入っていた。
「忘れる前、俺たちはパンセと暮らしてたんだろ?」
答えるまでもない。

「それで…
 俺はどうだった?」
「どう…って?」
オリハウラはまだ景色から眼が離せなかった。
空がパンセの髪の色そっくりに染まる。
「…楽しそうだったか?」
「お前はそれを覚えているんじゃないのか?」
「オリハウラの目から見てどうだったか教えて欲しいんだ。」

オリハウラの目から見て。
それは、もちろん。
「お前は楽しそうだったよ。」

それに…

「幸せそうでもあった。」


気がつくと、過去の足音が聞こえなくなっていた。

今でもわからない。
あの契約主に何を言えば信じてもらえたのか。どうすればわかってもらえたのか。

でもオリハウラは覚えている。
あの契約主との時間を。 …それでいい。
もうそれだけでいいと思える。

頭を垂れ、ただ黙って悲しみにくれていた過去は、音も立てずに塵と風になって
美しい景色の中へ消えていった。


そうか と答えたジュノウの声は嬉しそうだった。



日が暮れる。 夜が来る。
きっと今日は星が綺麗だから
もう少しこの特等席に座っていようと思う。




花と記憶…END









使用した写真素材はSky Ruins..さまからお借りしました。
(URL:http://skyruins.com/)