大地のエピローグ


落下したという感覚も、着水したという感覚もなかった。

気が付いたら、海の真ん中に一人立っていた。
戻ってきたのだ、自分の世界に。

広く深い海、色の薄い空。二人は相変わらず何も言わずにそこに在った。

ガガミはキッと空を見上げる。
あちらの世界は錠を増やしたらしい。
門を開こうと試みたが、当分開きそうになかった。

開くことができたとしても、以前と同じように何十年もかかるだろう。
そうなればもう、土人形は生きてはいまい。
彼女がいなければあの世界に向かう理由もない。

土人形は奪われてしまった。
してやられたのだ。あの世界と”土くれ”共に。
怒りがこみ上げてくる。

「アアアアアアアアアアアアッ!!!」
激情のままに声を上げた。

足下から波紋が広がる。遥か水平線まで。

もう一度吠えた。
今度は大きな波が生まれた。魚の群れが驚いて身を翻していく。
それを見て、ほんの少し気が晴れた。

さらにもう一度吠えてやろうと身構えて、――ふと気が付いた。

いつもなら… ガガミがこんな風に吠えたのなら、”土くれ”共が体がむずがゆくなるほど大騒ぎをしながら右へ左へと走り回っていたのだ。
そんな様子に苛立ち地割れを起こすと、今度は静かにしていた木々までもが葉を落とし幹を折り、喧騒はますます大きくなる。
苛立ちはおさまるどころかひどくなり、さらなる破壊を生んだ。

それが今はない。
葉を落とす木も、悲鳴を上げる人も獣も、飛び立つ鳥も虫も、
ガガミの背中にはもう何もなかった。


――そうか、全て海に棄てたからか。

ガガミは海を見下ろす。
海は黙って藻屑共をのさばらせているが、自分はついに”土くれ”共を駆除できた。
これは海のおかげでもある。
お礼に藻屑共も駆除してやろうか と、魚たちに手を伸ばしてみたが、到底追いつけない。
もし、海が頼んで来たら手伝ってやればいいだろう。


気持ちは晴れやかだ。
”土くれ”共に悩まされるようになってどれほどの時間を過ごしたか思い出せない。 やっとヤツらから解放されたのだ。

しかし…とガガミは思い直す。
殺しても殺しても、湧いてきた”土くれ”共。
奴らはまた、自分の背に湧いてくるのではないだろうか。
こうしている間にも根をはろうと狙っているかもしれない。

ガガミは毎日背中に手を這わせ、”土くれ”が湧いていないかを確認した。


その確認が2日に1回となり、1週間に1回となり、やがて半年に1回となっても、
”土くれ”は現れなかった。
大地はガガミだけの体であり続けた。

海は相変わらず黙って魚たちを泳がせている。
ガガミは手を伸ばしてみたが、魚は近寄ってなどこない。



100年経っても、200年経っても、”土くれ”は現れなかった。

空は語らず、海も語らず。
この世界の音は、魚の泳ぐ音と風が吹く音、雨が降る音だけ。

数えきれない星と月日が流れる間、大地は一人海に立ち続け、そしてようやく知ったのだ。

”土くれ”は土くれではなかったのだということを。
彼らは己の大地から湧いてくるものではなかった という事実を。




空が雨を降らせている音が聞こえる。
魚が海を泳ぐ音が聞こえる。 海は何も言わない。

何も。




やがてガガミは、
背に手を這わせるのを、やめた。






大地のエピローグ …END

背景素材は「NEO HIMEISM」さん(http://neo-himeism.net/)からお借りしたものです。