塵の名前、灰の名前 11


同じ肉体を持たない身とはいえ、もし精霊がガーベラに手を上げたとしても、同じようにはならない。
精霊は男ほど”世界を変える力”を失くしていない。

元々肉体を持たない精霊と、肉体を捨てた男の間には大きな差がある。
男は自分自身でその力を捨てたのだ。
それでいて、精霊の持つ力を得るところまでは達していない。 …彼は人だったのだから。

「お前は我のようになりたいと、言ったな?」
「… ………言った。」
「既にお前は我を超えている。」

「もはや我がお前にしてやれることはない。 お前ひとりでも研究は完成するだろう。
 そして、お前の行きつく先は”完全な自由”だ。 」


完全な自由。
すなわち―――

彼は誰の目をも気にする必要をなくす。 誰も彼を見ることはできないから。
人間関係に煩わしさを感じることなどない。 誰も彼の声を聴くことはできないから。
天災も人災も彼には訪れない。 替わりに埃ひとつ動かすことはできない。

老いなどない。 子を成す必要もない。
誰も彼を認識しない。 彼が存在していると知っているのは、彼自身だけ。

誰に影響を受けることもなく、誰かに影響を与えることもない。
世界を変える力を失うことで手に入れることのできる、完全な自由。

「退化を止めたことで、同時に進化をやめ、
 危険を消し去ったことで、可能性をも排除し、

 死と共に生を捨てた。」


それが彼の、研究の”成果”。


「おめでとう、オリハウラ。」
男がぱっと顔を上げた。 彼の研究が他者からの賛辞を受けるのは、これが最初で、…最後になる。
「お前は我以上に、我のようになった。」

ガーベラはそっと、精霊の体に手を置いた。
もう、塵は零れ落ちない。


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