塵の名前、灰の名前 12


「…違う。」
男の口から言葉が漏れ出た。

「…違うんだ。 そうじゃない」
間違いを訂正された子供のような口調だ。 みんな僕の言ったことをわかってくれない。
目は地面に落ちた灰を見つめている。

「私は、大それた野望を持っていたわけじゃない。 そうだろう?」
顔は相変わらず地面のほうを向いているが、言葉は精霊に投げかけられている。
だが、そうだったのかどうか、精霊は知らない。 黙っていた。

「テティウス… 君のようになって、世界をどうにかしてやろうなんて考えていたわけじゃない。
 ただ、怪我も病気も老いもない… そんな体になってみたかっただけなんだ。」

そして、そうなれた。 精霊は、自分を超えた と言った。
どう超えた? …世界を変える力を精霊以上に失くした。
「ただの研究だ… 純粋な研究心だけでここまできたんだ。
 それに…そう、病気で苦しむ人を救えるかもしれないじゃないか。」
最後の一言は取ってつけたような理由。 まるで言い訳のような。
濁った黒目が、精霊を捉える。

「なのにどうして?! どうしてこんなことになるんだ?!
 私は灰になりたかったわけじゃない!!」

確かに、純粋な研究心だっただろう。 そして純粋なあこがれ。
誰もが考え得ることを、この男も考えた。
そして、踏みとどまらずに実行し、なまじ才能があったばかりに夢を叶えてしまった。
才能があったことが。 精霊と出会ってしまったことが。 彼にとっての不運だったのかもしれない。

「いいえ、それはあなたが望んだ結果よ。」
ガーベラの声はかすかな同情を漂わせた。
灰になってしまったことに対する同情ではない。

彼が、身の程を知らなかったことへの、同情。
「人は人のまま…灰になんかなれないのに。」
そんなことにも気づかなかった者への同情。

男が顔を上げた。
精霊が身構える。 再び彼の手がガーベラに伸びないよう、間に割り込もうとした。


だが、男はそこで停止した。

視線はガーベラが差し出した手鏡に注がれている。
「あなたに差し上げます。」
男はわずかに震える手で鏡を受け取った。

オリハウラ=ベルベルタは鏡を見た。


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