塵の名前、灰の名前 15


「パンセは…」
言い募る言葉を遮られる。

「何も変わらないわ。 お母さんは生まれたときはパンセじゃなかったんだもの。」
「しかし彼女は何も思い出せていない。」
「なら…

”テティウス”は何か思い出せたのかしら?」


違和感。
今ガーベラが発した名前は自分のものだ。  …そのはずだ。

…テティウスの記憶?
そんなものはない。 思い出せたのは少しの音だけ。
場所も色も人も何一つ思い出せない。

…でも自分はオリハウラではない。

「あなたって… 変なところにこだわるのね。」
ガーベラが後ろからついてくる鳥の群れに手を振る。
鳥たちはあいさつ代わりに一声鳴くと、ガーベラたちを追い越して飛んで行った。

「もしお母さんの本当の名前がわかっても、お母さんはお母さんよ。」
当たり前のこと。
そう… 口に出してみるとなんと当たり前のことなのだろう。
パンセの名前が変わったとしても、パンセとガーベラの関係は変わらない。

鳥たちはあっという間に空の点になってしまった。


「何も変わらない…」

何かが変わらないのだろうか?
目が出来たりしないのだろうか? 突然男になったりしないのだろうか?
鮮やかなオレンジ色の髪がジュノウと同じ空色になることはないのだろうか?
ふわりとした笑顔が二度とみられなくなることはないのだろうか?
彼女の護衛のウリフェラがそばを離れるようなことにならないのだろうか?

答えを知っている。


ならない。 変わらない。

何一つ。

「でもきっと、本当の名前を知ったとしても、お母さんは名前を変えないと思うけどね。」
母は父にもらった名前をとても大切にしている。
彼女が流暢に書ける字は「Pansee」だけだ。

精霊の毛を撫でる。 とても塵でできているとは思えない触り心地だ。
「あなたがテティウスを名乗りたいのなら、そうしていいと思う。
 私もそう呼べるように努力する。  それはあなたの自由だもの」

でもね と言葉が続く。
「何も変わらない。」


風がおだやかに吹いた。
鳥たちの姿はもう見えない。 市場も見えなくなった。

やがて砂漠の端から小さな森が姿を現した。
あの森のすぐそばに家がある。
精霊の”特等席”も。


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