塵の名前、灰の名前 16


今は何時だろう。 昼の時間はとっくに過ぎてしまった。
ジュノウやパンセが心配しているかもしれない。

「あの人はどうするかしら?」
ガーベラがふいに口を開いた。

「あの人?」
「…さっきの人。」
灰になった男。 今も鏡を抱いたまま同じ場所で座ったままでいるような気がする。

「あいつは絶望していた。」
150年信じていたものが砕け散った。 彼が信仰していた神が、突然いなくなってしまったから。
「絶望があるということは希望がある。」
「…希望?」
生と死と同じように、絶望と希望も同じ場所にある。 絶望しているものには、そうは感じられないが。


「あの人にとっての希望って何かしら」
彼に残されたものは少ない。

ガーベラは遠く、砂の果てを見る。 自分には想像できない世界。 自分には理解できない願い。
彼に残された希望。 それはきっとガーベラが決して望まないようなものに違いない。
「…まだ死を迎える方法が残ってる…?」
「もしかしたら、あるかもしれない。」

通常生物が死を迎えるような方法では無理だろう。 でも彼の能力があれば、その方法を見つけることができるかもしれない。
その”希望”は、常人であるガーベラからは絶望の色をしているように見える。

「自らの死のための研究を、行えるものかしら?」
「さあ… 普通の人間なら無理かもしれんな。」
精霊の翼が風を受けて膨らむ。

「でもあれは、灰になってしまったから…」

ガーベラは少し考えてから、「そうね」と呟いた。


精霊の尾が森の木々をかすめる。

精霊はガーベラにしっかりと掴まるようにというと、花たちを踏まないように砂利の上へ降りた。
風圧で少し塵が舞う。

ガーベラは小さな声で「ありがとう」というと、精霊が姿を獣に戻す前にさっさと家の中へ入ってしまった。

相変わらず建付けの悪い扉がギィギィと悲鳴を上げている。
ほんの数時間前に見たはずの”我が家”は、やけに懐かしく感じられた。


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