神官と咎人 花と記憶 5



記憶が巻き戻ってしまうことはある。
だが、ジュノウのこれは違う。 彼はオリハウラのことを覚えていたのだから。

だとすれば、彼は…


オリハウラはこの世界に600年以上は存在している。

年数の概念を持ったのは200年ほど前だから、本当はもっと長く存在しているのかもしれない。
その長い彼の歴史の中を探ってみても、なぜこんな現象が起こるようになったのか思い当たることはない。
いつの頃からか、数年毎に「巻き戻る」ようになった。

そのループも完全ではない。 オリハウラのようにすべて覚えているものもいれば、ごく一部が欠けて落ちてしまうものもいる。
記憶だけではなく、身体も共に元に戻ってしまうことすらある。
オリハウラがジュノウと共に巻き戻りを迎えたのは初めてである。
だが、彼が巻き戻りの影響を受ける人間であることはわかっていた。
彼は戦争の終結を迎えたことが一度もないのだ。

―――ジュノウはどの程度、巻き戻りの影響を受けているのだろうか。
オリハウラは慎重にジュノウの巻き戻り具合を確かめた。
それとなく、共に過ごした傭兵たちの名前を出してみる。

「あぁ 元気じゃないか?」
「この間会ったばっかりだろう。」
「あの人は面白いよな」
ジュノウの返事によどみはなく、おかしなところもない。 彼は知り合った人間をすべて覚えていた。

そうして今度は戦争の話を振る。
「戦争?」
やけに今日は質問が多いな とジュノウは訝しがる。
「…戦争っていうか、小競り合いはしょっちゅうだろう」
彼はこれから起きる戦争のことも、ほんの数ヶ月前に終わった戦争のことも、知らなかった。

そして… 一番探らなくてはいけない部分に触れる。
「彼女は …一体どうしたのだ?」
パンセを背におぶったまま、オリハウラはジュノウを見た。
ジュノウは少し首をひねる。 その動作にも、その表情にも、やはり淀みは無い。
「さあ… 倒れていたんだ。」
ケガもないし、顔色も悪くないし、大丈夫だと思うんだけど。 とジュノウはパンセの顔を覗き込む。
「しかし…」


「なんで、目隠しなんかしてるんだろな。」



パンセをここに連れてきたのは誰だろう?
パンセとジュノウを引き合わせたのは誰だろう?
ジュノウの頭からパンセだけを消したのは誰だろう?

もしも神がいるならば、それはそれは底意地の悪いヤツに違いない。

ジュノウは大事な大事な たったひとりを

      ―――忘れてしまった。