神官と咎人 花と記憶 13







「訊きたいことがあるの」
「… …訊いてどうする?」
「訊いてから考えるわ」

ウリフェラはまだ、オリハウラの足を必死にとどめていた。
「ジュノウはどうなってしまったの?」

当たり前で、漠然とした質問。
「…どうもなっていない。」
オリハウラのその答えは嘘ではない。 彼の本質は何も変わっていない。

「パンセ嬢についての記憶がなくなっただけだ。
 …だがあれは、この世界の標準だ。」


「…この世界の標準…? 意味がわからないわ。
 私を忘れることが普通ってこと?」

「簡単に言えばそういうことだ。」

声も出さずパンセは頭を振った。
「戦争は? あれは…何なの?」
「パンセ嬢がもっと町へ出て行けば気づいたことだろうと思うが…
 戦争はこれから起こるのだ。
 過去に戦争はないが、戦争自体は5度あった。

 すなわち、5度あった戦争は歴史に刻まれなかった。

 これから起こり、やがて終わり、過去に刻まれることなくまた、始まる。」
おとぎ話を聞かせるように、言葉は美しく流れる。

「パンセ嬢や我の体験した戦争確かにはあった。
 それだけではない。 それ以前にも全く同じ戦争が起こっている。」
始まりは同じ。結果は変わり。そして元に戻り。
歴史に刻まれず。人の記憶にも刻まれず。

「それは…
 戦争だけの話ではない。
 人も同じだ。
 …個人差はあるがな。
 我やパンセ嬢は影響を受けない。
 だが、ジュノウはまともに受ける。 だから歪な記憶になる。」

「…半分…
 いえ、3分の1も理解できてないと思う…。 何がなんだか…」

パンセの無い目が、まっすぐにオリハウラに向けられる。
「でも、あなたが本当のことを言っているのはわかるわ…」

わからないのも無理はない。
いや、わかれというほうが無茶だろう。

…口に出すのも忌々しいが、一番この言葉がわかりやすい。
「”巻き戻る”のだ。 数年ごとに1度。
 パンセ嬢が倒れて家に担ぎ込まれたまさにあの日に、巻き戻ったのだ。」

…そしてジュノウはパンセだけを忘れてしまった。

「戦争が始まる前まで巻き戻り、”世界は戦争が起こっていないこと”になってしまった。
 ジュノウは当然、戦争が起こったことも終わったことも知らない。」
「でも… 家はここにあるし、私の服も部屋も、巻き戻る前の状態… 変わっていないわ。」

それに… と続ける。
「ジュノウは…私以外の人のことは…覚えている…。」


いつの間にか、ウリフェラはオリハウラの足から離れ、パンセに寄り添っていた。
ウリフェラの口から慰めの言葉を伝えることはできないだろうけど。

俯いて床を見て… 歯を食いしばる。
過去の自分がそこに立っていた。
「歪なのだ。巻き戻り というやつは。」
そして底意地が悪い。
「どうして…」


―――どうして我のことを思い出せないのだ!
―――なぜ忘れた!何年も共に居たではないか!
―――お前にとって我は…   …我は…       … ……なんだったのだ…