神官と咎人 花と記憶 14







「どうしてオリハウラは私のことを無視したのよ!」
「え?」

過去に戻っていたオリハウラの思考は、眼の前の少女からの思いがけない言葉によって強引に現実に戻された。
間の抜けた声が出る。

「どうして無視したの!あなたは私のことを覚えていたんでしょ!」
首の毛を思いっきりつかまれてガクガクと振られる。
「おぼ… おぼ…」
返事をしようとするが振られる速度が速すぎて言葉にならない。

「本当に!別のところへ来ちゃったのかと思ったのよ!」

ようやく手を離してくれたパンセから距離を取り、必死に言い訳をする。早く言わなくてはきっとまた掴まれる。
「すまぬ! ジュノウがパンセ嬢のことを忘れていたからだ!」
「そんなの変じゃない!」
パンセが一歩近づいてくる。
「ジュノウは我の契約主だ。我は契約した精霊だから」
「だから何?!」
パンセの足が三歩進む。

「と…
 取り残されたくなかったのだ…」
焦っていた精霊は、今まで誰にも言ったことのない本心を
はじめて外に漏らした。

パンセの足が止まる。
600年も存在した精霊の、悲しみとおびえを黒い渦は感じ取っていた。




なぜここまで我が話すことになったんだか。
まさか過去のことまで口走ってしまうとは…

パンセはオリハウラの契約主ではない。
居ても居なくても、恨まれても嫌われても何も関係がないのだ。

それでも足を止めて、言葉を聞いてやりたくなったのは…
口に出すのも忌々しい「巻き戻り」のことを教えてやりたくなったのは…

あの忠実な護衛のせいだろう。


―――ウリフェラ。
必死に足にしがみつくあの姿を見て、オリハウラは自身のことを省みた。
「取り残される」なんて本当は何でもないのかもしれない。

気づかれなくてもいい。 愛されなくてもいい。
それでも

――――得るものはある。

「我も少し、前に進まねばならないようだ」



青く、すがすがしい。
そう呼ぶのがふさわしい空が広がっている。

巻き戻ってから一ヶ月。

パンセは始めて空を見上げることができた。