神官と咎人 花と記憶 15







取り残されたくないと願った。
取り残されていないんだ と装った。
だけど本当は何も変わっていなかった。

ならば変えてやろうと思ったのだ。
ウリフェラがオリハウラの気持ちを変えたように。

我は取り残されたのではない。
ジュノウよ、お前が忘れてしまったのだ。




「誰だ」
「お前と契約した精霊である。」
「俺は知らない。 契約した覚えなどない。」
「くだらない冗談はよせ。 見よ、お前の手の甲に契約のしるしがある」

目の前に立っている男は自身の手を見て、まるではじめて見たかのようにぎょっとしていた。
「… いつの間に… まさかお前、勝手に私と契約をしたのか」
「何?」
「悪魔だな、貴様… しかし一体どこで引っかかってしまったのか」
男は憎悪の眼をこちらに向けている。

「何を言っている?! 我は間違いなくお前が契約した精霊だ!」

その声がその場に虚しく響く。
オリハウラの叫びは男の心には届かなかった。


―――記憶。
哀しい記憶。
あの男は最後まで自分のことを契約した精霊だと認めず、強引に契約を破棄してオリハウラの下を去っていった。
そこではじめて「巻き戻り」を知る。

巻き戻りを知っても、再び男の下へ行く気にはなれなかった。
あの憎悪の眼。 …思い出したくもない。
人に忘れられるということは、自分の存在意義を失くすということだと、オリハウラは知った。




眼の無い少女。 色が白く細い。風が吹けば飛んでいってしまうんじゃないかと心配になるほどか弱く見える。
だが、パンセはオリハウラよりずっと強い。
オリハウラはパンセに、自身の知っている巻き戻りの情報のすべてを与えた。

「思い出して欲しい …けど、それは難しいのね」
何かをきっかけに思い出した人が居る という話は聞いたことがある。
だが、それはほとんどの場合、門の外からやってきた者だったという話だ。

「…あきらめるか?」 それが一番いい とオリハウラは思う。
空しい努力をするより、今の状態を受け入れる。 それはずっとオリハウラがしてきたことだ。


「嫌よ」

かつての自分が後ろに居るのがわかる。

頭を垂れ、現実から眼を背け、歩みを止めてしまった過去のオリハウラ。
過去はパンセからも逃げ出そうとしている。 あまりにも眩しくて、共に居るのがつらいのだろう。

「我が話をしよう。」
パンセの口から「え」と声が漏れた。
「ジュノウはパンセ嬢とは会ったことがないと思っている。
 いきなりパンセ嬢が話をしたところで、信じることなど出来ないであろう。」
過去のオリハウラの首ねっこをつかむ。逃げるなよ。逃げてはいけないのだ。
「だからまず、我がジュノウと話をしよう。」
これはチャンスなのだ。
「ああみえて頑固だから… 信じてくれるとは思えないが…。」
トラウマを乗り越えるのだ。先へ進むのだ。
そのためのチャンスを我はもらったのだ。

ウリフェラは… この位置からはほとんど形を捉えることができない。
「…ありがとう」

これがきっと… 先へ行くための最後のチャンスなのだ。