神官と咎人 花と記憶 16







一体どんな顔で… いや、まず第一声はどうしたらいいのか。
場所は?
家… しかあるまい。 扉の前じゃ話しにくい。
だが作業を始めたら、あの男はまともに話を聞かないぞ。
やはり戻ってきたらすぐ話を始めないと…

ギィ…
扉が主を迎え入れた音がして、オリハウラは思わず小さな悲鳴を上げた。
思っていたより帰宅が早い。まだ心の準備が…

「…ただいま」
扉から数歩進んだところで妙なポーズで固まっている精霊に契約主が声をかけた。
「お… おう…。」
おそるおそる振り返る。
ジュノウは今日二人が昼間話し合った内容を知らない。当然普段と何の変わりもなく、家に入ってきた。
オリハウラの妙なポーズも、ジュノウには大して気にならなかったらしい。

今日の出かけで特段報告したいこともないらしく、ジュノウはそのままズカズカと居間のほうへ進んでゆく。
あわてて追いかけて声をかけた。
「あ…あー」
どう考えても「あ」から始めたのは間違いだ。 続く単語が思いつかない。

「…い …いい  いいだろうか。」
「い」に言い直してみたものの、意味不明な呼びかけになったただけだった。
ジュノウはじろりと視線だけ寄こす。
「いー いや、 そう…だ。 話があるんだ ジュノウよ」
身支度を整えながら今度は声だけが返ってくる。
「そうやって話を始めるときは、大抵いい話じゃないよな。」
ごもっとも。
だが、この話がいい話になるかどうかはお前次第だぞ、わが契約主よ。

「5分で終わるか」
「…終わらんな」
「じゃ、飯作りながらでいいか」
「ダメだ」
ジュノウがあからさまに面倒くさそうな顔をする。
「腰をすえてじっくり聴け」
「今までお前からそうすべき話を聞いた事がない。」
「なら今日が始めてその日になる。」
長いため息と逡巡の後、「やっぱ、飯作りながら聞くわ」と台所のほうへ向かってゆく。
「ならそれでもいい。だが真剣に捉えろよ」
ジュノウが腰をすえるまで待ってはいられない。 今にも逃げ出しそうなのはこっちなのだから。
まず、オリハウラは自分の退路を断ったほうがいいと考えた。

だから、第一声が「巻き戻りに気がついているか」となった。

答えはない。
がたごとと食材をあさる音だけがする。
「そうか、やはりお前は知らないか。」
「何のことだかさっぱりわからん。わかるように話せ」
ジャガイモとたまねぎが、ごろごろと床に放り出される。
2人分にしては量が多くないか?

「この世界大戦が始めてではないことを知っているか」
ジャガイモを拾う手が一瞬止まった。
「600年前にもあったってことか?」
「違う、極最近あった。 3年前だ」

ジュノウは作業を続ける。たまねぎの皮を綺麗にはぐと、小気味良い音を立てて切り始めた。
「3年前、全く同じ状況で戦争が起きた。」
ジュノウは顔も上げずトントンと作業を続けている。オリハウラは言葉を続けた。
「そして全く同じ号外が出された。 パンセ嬢の言ったとおりだ。
 "また"戦争が起きたのだ。
 それをお前は覚えていないだろう?」

トン。
たまねぎを切り終えた。
「覚えていない?3年前のことを?」
「そうだ。」
「ばかなことを言うなよ。お前とは違うぞ。」
ジュノウ・サーレルは自身の記憶力にはかなりの自信があった。
それはオリハウラも知っている。 だが今回のことは彼の記憶力には関係のないことだ。

鍋に油をひくと火にかけ、たまねぎを放り込む。
ふむ、きっと人間ならばここで、いいにおいがする という感想を漏らす場面だろう。
「そうだな、言い方が悪かった。覚えていない ではなく、記憶から消えてしまったが正しいか。」
一応、彼に配慮した言葉を選んだ。
「変わらないだろ…」
「いいや、大いに違うのだ。 …まぁいい。
 ともかく戦争はあったのだ。だがこの世界の大部分の人間はそれを覚えていない。」

木しゃもじで鍋の中身をぐるぐるとかき回している。
オリハウラにはそれにどのような効果があるのか全くわからない。
「…その話はまだ続くのか。」
「続くぞ。 お前がパンセ嬢のことを思い出すまで続く。」

手が止まった。