神官と咎人 花と記憶 18







ジュノウの眼が左上の一点を見つめる。
ものを思い出すときの癖だ。 そしてほどなく「そうだ。」と発した。
ははっ と笑顔が戻ってくる。

「お前と喧嘩したからだ。 それで腹が立って砂漠に行った。」
「喧嘩の中身はなんだ?」
また、おかしな質問をする。 オリハウラだって当事者だというのに。


記憶はうそつきだ。
間違いないと思った記憶が間違っていることはざらにある。
夢で見たことを事実だと思い込む。
嫌だったことが誇張されていく。
命の危険を感じた記憶は自ら封じられる。
勝手につじつまを合わせて、さも事実だったと思わせる。

先ほどの質問でジュノウは一瞬怯んだ。
だがジュノウの記憶は必死に辻褄を合わせるだろう。
それでもこうして質問を繰り返し、矛盾をついていけば、ジュノウの記憶は戻らなくてもいずれ気づくはずだ。

おかしい と。

「喧嘩の内容…」
なんだったか。
言い合いをしたのは覚えている。なんと言ったか。
珍しく大喧嘩だった。
ジュノウはちらりとオリハウラを見た。
答えは… 教えてくれそうにない。

「なんだったかな」
「思い出せないのか。」
教えてくれと、遠まわしに言ったつもりだが、オリハウラはそれしか言わない。
教える気などない ということらしい。

教える気などない。
そういえば… そんな話をしていたな。
「あぁ… 思い出した。
 俺が探し物をしていて、その場所をお前に訊いたけど教えてくれなかったんだ。 それで喧嘩になった。」
そうだ、間違いない。

「では探し物とはなんだ。」
まだ質問は続くらしい。
ジュノウは両手を上げた。
「降参だ。どうもその日の記憶はあいまいらしい。
 これ以上聞かれても答えられそうにない。」
もうやめよう、 こんな話が何になるというのか。
体の向きをオリハウラから料理のほうへ変える。
とにかく飯は作らなきゃな…


「ダメだ!! 思い出せ!!」
びりびりと窓ガラスに余韻を残す大声だった。
はじめて見た。この精霊が叫ぶところを。
「今ここで投げ出すことは許さんぞ!」

頭部生やした大きな角、獣の体にひづめの付いた脚。
顔には目も口もなく、代わりに”オリハウラ”を示す紋章が記されている。
600年も存在している精霊らしい威厳をはじめて見たと、なんとも間抜けな感想が浮かんだ。
間抜けな感想はそのままジュノウの顔に浮かんだが、オリハウラは激怒していたから彼の表情は見る余裕はなかった。

「お前は記憶に負けるのか!ジュノウ・サーレルは、我が契約主は、記憶なんぞに負けてすべてなかったことにするのか!
 許さんぞ! それは許さん!!
 思い出せ!なんとしても思い出してパンセ嬢に詫びるのだ!!」
オリハウラの毛は逆立ち、紋章が血のようなどす黒さを帯びたように感じる。
怒っている と、彼の全身が訴えている。

まったく、怒られる覚えもないのに
「あぁ」と間抜けな答えだけが出た。