神官と咎人 花と記憶 19







ジュノウの苛立ちはオリハウラの勢いに気圧されて引っ込んでしまった。
妙に冷静な自分を感じる。

―――では探し物とはなんだ。
なんだっけ…。
大事なものだ。 だから俺は探してて… 教えてくれないオリハウラに腹を立てた。
だがしかし、腹を立てたからといって、なぜ俺は砂漠へいったんだ?
砂漠なんかにいったらそれこそ見つからないだろうに。
俺は最終的に探し物を見つけたんだっけ…?



怒ったはいいものの…
オリハウラは不安になった。
完全に勢いだけだった… しかも理不尽だった。
その怒りはジュノウにではなく、過去の契約主に向けたものだった。
記憶に負けた過去の契約主たちへの。

おそるおそるジュノウの顔を覗く。
ジュノウは不快な顔はしていない。 当然泣いたりもしていない。
呆然とした表情で虚空を見ていた。

探し物をしていた。 オリハウラと喧嘩をした。 …そして砂漠へ行った。
なぜ砂漠へ行ったのか。 どうしても説明がつかない。
俺は本当に探し物をしていたのか?
もしかしたら違う理由で喧嘩をしたのかもしれない。

砂漠へは何か別の用事をしにいった。
…別の用事ってなんだ?

いや まて。
あの日俺は本当にオリハウラと喧嘩をしたのか?
オリハウラと喧嘩をしたことを思い出したとき、ジュノウはあの日のすべてを思い出した気がしていた。
だがいざ順を追ってみればどうだろう。
霞がかかったように全容が見えてこない。
ところどころの記憶はあいまいで、喧嘩をした記憶すらあやふやになっていく。

右手で強く顔をこする。
頭が痛い。
1ヶ月前のことを正確に思い出せない。これは、事実だ。
「…何の…話だった…?」
頭が痛い。 搾り出すような声が出た。
「1ヶ月前我と喧嘩をして砂漠へ行った話だ」
「…いや」
こめかみを強く押す。
「…その前…」
「戦争の話か」
そうだ… 3年前にもあったってオリハウラは言っていた。
それはさすがに嘘だろ…?
「そっちの話は今はいい。 それよりパンセ嬢だ」

パンセ…
あぁ、パンセの話か。
一緒に住んでいた? それだって嘘だろ?
1ヶ月前のことが思い出せないからって、そんな大事なことまで忘れるわけがない…。

「1ヶ月前の話にこだわるべきではないな。」
オリハウラは顔色の悪いジュノウの顔を心配そうに見ていながらも、話を続けた。
「パンセ嬢の体にぴたりと合う服がなぜこの家にあったのか。
 パンセ嬢の名前を刻んだ食器がなぜこの家にあったのか。
 今彼女が使っている部屋はなぜ空いていたのか。」

―――偶然。
そう、ジュノウは信じていた。
いや、それ以外には何も選びようがなかったのだ。

言われてみれば…          …  …――なぜだろう。

頭痛がひどい。
吐きそうだ。
「…」
なぜか というオリハウラの問いを痛みがさらっていく。
「…頭が痛い…」
作りかけた料理をそのままに、ジュノウは寝室へのろのろと動き出す。
オリハウラが後ろからついてくる気配がする。
台所から寝室への道のりはやけに遠くて、歩いても歩いても辿り着かない。
いつまでも抜け出せない迷路にはまったような錯覚に陥った。

探し物、喧嘩、砂漠。 抜け出せない迷路。
パンセ、服、食器、部屋。 新たな迷路。
偶然、気まぐれ、忘却。 安易な抜け道はある。
だけど… オリハウラの言葉がそれを遮る。
”記憶なんぞに負けて、すべてなかったことにするのか。”

長い道のりを経て、寝室に辿り着いた。
ベッドに体を預ける。 横になっても頭痛は一向におさまる気配を見せない。
寝なきゃダメか…。
無理やり眼を閉じる。眼が覚めたら頭痛が消えていることを願いながら…

「パンセ嬢はお前のことを覚えているのだ、ジュノウ。」
小さく返事をしたが、きっとオリハウラの耳には届かなかっただろう。


ドアの閉まる音がして、ジュノウの意識は途絶えた。