神官と咎人 花と記憶 20







夜だ。
夜空が見える。
星が綺麗な夜。

…星の祭り…。

いつの間にか寝ていたらしい。
気がつくと周りはすっかり暗くなっている。 何時間くらい眠ったのだろう。
頭痛は完全には消えていないが、考え事くらいはできる程度におさまった。
こめかみを強く押す。
思い出したくないほどひどい頭痛だった。

深夜だろうか。
元々周りに何もないところだから、日が落ちるとすぐに風と虫の声以外の音はなくなってしまう。
時間を確かめようかと思ったが、起きるのが億劫だ。
このままもう一度寝てしまおうかと眼を閉じた。


「あれ…?」
眼を開ける。今度は体も起こす。ぐるりと部屋を見回す。

「……?」
正面を見つめ、身じろぎせずに考え込んだ。
はたから見れば異常な行動だった。
ただベッドの上に座り、闇を見つめたままジュノウは10分間も動かなかった。
そうして考え込んだ後、浅い呼吸をはじめる。
どんどん呼吸は荒くなり、苦しげに手を口に当てる。
彼は気づいていないだろう。 涙が頬を伝っていることに。

「俺…」
誰も居ない。 この部屋には誰も居ない。
誰かにではなく、ジュノウは自身に刻み付けるように言葉を吐く。
「忘れている…」
左手は眼を覆い、右手は強く握られ血がにじむ。
痛い とは思わなかった。 あふれ出る感情をどうやってコントロールしたらいいかわからなかった。

「オリハウラとさっき話したこと…」
涙がボタボタと布団に落ちる。
「…う…   …く…」
声をころしてただひたすら泣き続ける。
あまりにも衝撃的な出来事に感情が高まり、涙が抑えられない。

涙が出尽くすまでジュノウは泣き続けた。


眠りに落ちるその直前、ジュノウの脳裏に珍しい映像が浮かんだ。
オリハウラの激怒した姿である。

はて、こんなことがあっただろうか。
このまま寝たらオリハウラの夢でも見てしまいそうだ と、寝返りを打つ。
そうしたら今度は言葉を思い出した。
―――ダメだ!思い出せ!!
激怒したオリハウラに似合いそうなセリフ。
なんだやっぱり今夜の夢はオリハウラになってしまいそうだ… と感想を持ったところで
違和感を感じた。

「あれ…?」
これを最近… ごくごく最近、これを見なかったか?
いつ… どこで?
頭の中のオリハウラの怒りは頂点に達している。
―――お前は記憶に負けるのか!ジュノウ・サーレルは、我が契約主は、記憶なんぞに負けてすべてなかったことにするのか!

「……?」
そこでようやくジュノウは記憶を探り出す。
”俺はこれを最近見たはずだ” それだけを手がかりに。

ジュノウ・サーレルは、ヴェルヴェド・テオ・テティス・シュトラーム・デル・オリハウラの契約主は、
記憶に負けなかった。
なぜ忘れていたのか。
あの奇妙な会話を。 あれほどの衝撃を。

頭痛の原因には「風邪」か「疲れ」の選択肢のみが示され、オリハウラとの奇妙な会話は頭の中から掃きだされてしまったようになくなっていた。
だが完全には掃きだされておらず、”塵”のようなものがジュノウの中に残されていた。
塵は塵を呼び、結びつき、それはジュノウの頭の中で怒れるオリハウラの姿となって現れた。
もう一度眠ってしまっていたらきっと、塵も跡形もなくなくなっていたことだろう。
「お前は忘れたんだ」とオリハウラに言われ、そのことを”また”、自分は忘れる寸前だった。

その事実に気がついたとき。
ジュノウは泣かずにはいられなかった。

何が起きたか。
何が起きる寸前だったのか、まだわかってはいない。
「なんで… なんでだよ…」
誰に言うべき言葉なのか…   ジュノウにはまだ、わからない。

これほど泣いたのは一体いつぶりだろう。
泣いても泣いても勝手に次の涙が作られてゆく。
なんで泣いていたか。 そんなことはどうでもいい。
この混乱を鎮めるためには涙しかないことを、ジュノウがよくわかっていた。