神官と咎人 花と記憶 22







話が終わる頃には、夜が明けていた。
「本当に?」と問うたのは一体何度だったか。
オリハウラもそのたびに「本当に。」と返した。
そんなやり取りを朝までずっと続けて… 今日を迎える。

結局泣いた後1度も眠らず、ベッドを這い出る。
体は寝たいと訴えているが、頭が冴えすぎて眠れそうにない。
洗面台の前に立つと、鏡にひどい顔の男が映った。
「あーぁ…」
冷水で顔を洗い流す。
顔もぬぐわずそのまま考え込む。

「巻き戻り」を知った。
なんと奇怪な現象だろうか。 神の所業といわれてもピンと来ない。
巻き戻したいなどと考えるのは、神なんかより人間だろうに。
もう一度顔に水をかける。

俺は巻き戻りの影響を受けるんだ とオリハウラは言った。
俺は。そして多くのブリアティルトの人間は。
なのに、オリハウラとパンセは影響を受けないという。
なんだその中途半端な現象は。 そんなものが神の所業?

…それとも、”わざと”中途半端なのか。
巻き戻りが起きると3年間だけきっちりと巻き戻るという。
まるで、戦争を止めたくないかのように。

わざと中途半端に巻き戻る…?
…まるで影響を受ける人間と受けない人間に溝を作るように。
… …俺とパンセのように。


パンセはおかしな夢を見た。

ジュノウが泣きながらパンセにすがってくる夢。
彼が涙を見せたり、パンセにすがったりする姿など見たことがない。
妙に生々しい夢だった…

「パンセ」
優しい声音で名を呼ばれた。 …あの声音は巻き戻る前のもの。
巻き戻る前はいつもあの声で呼んでくれた。
「おはよう」
久しぶりに聞いて嬉しかったから、さわやかな挨拶を返した。
…というのに、目の前の男は目の下にひどいくまをくっつけ、いかにも「疲れ果てました」という顔をしている。
「おはよ」
返ってくる声はさわやかだ。 …これはどう判断したらいいのだろう。

「…疲れてる?」
「あぁ… ちょっと眠れなくて…」
ジュノウはそこで言葉に詰まった。 何かを吐き出そうとしているのがわかる。
「昨日… メシはどうした?」
「ジュノの続きを作って食べたよ」
「そっか」
悪かったなと、ジュノウは頭をかいた。

パンセは黙って首を振って …待った。

「あの…さ」
「うん」
「俺…  …さぁ…」
「うん」

「…忘れてることある?」

息を深く吸い込む。 ジュノウの眼を見る。
青い、青い。 海のような眼をしている。
自分がはじめて顔を挙げたときも、あの眼はパンセを見ていて、そのときも思ったのだ。
「綺麗だな」 …と。

「あるよ」
声がわずかに震えた。