神官と咎人 花と記憶 23







考えてみれば。 なぜだろう。
彼女が自分を呼ぶときの独特なイントネーションに聞き覚えがあったのだ。
わずかに語尾が上に上がる「ジュノ」という呼び方に。
誰も、そんな風に呼ばないのに。
俺はそれを聞いたことがあった。

記憶はない。 だけど耳が、覚えている。
あれは、君の声か?


「いっぱいある」
声の震えはおさまらない。
涙なんかでないくせに。 なんでこんな声になっちゃうんだろ。
「一緒に… 戦ったよ。 いろんなところで戦った。
 一緒に、ご飯だって作ったよ。 いつもジュノは私が作ったの見て …笑ってた。
 不思議だって。形がおかしいって、いつも笑ってた。」


思い返してみれば。
自分の記憶の中に思い出せない人がいる。
いつもいつもそばに居るのに、髪の色はおろか、性別すら思い出せない人がいる。
その人は… その人の表情はわからない。
でも俺は… 俺は笑っている。
その楽しさは覚えている。

俺が笑いかけていたのは、君か?


「お祭りにいったりもしたよ。 ギルドの人と一緒に。
 星がとても綺麗な夜の…お祭りだった。」

美しい星空へ、ランタンを飛ばす。 願い事が書かれたランタンが、群れをなして飛んでゆく。
それを二人で見ていた。
綺麗だな って思ったの。
また、来年も見たい って思ったのよ。
思い出せる。 こんなにも鮮やかに思い出せるのに。


あぁ、覚えている。
星祭りだ。 ギルドの人に誘われて、行ったんだ。
祭りにぴったりの星空で。
願い事を飛ばしたな。 俺は願い事を書くのが苦手で、いつも何も書かないランタンを飛ばしてた。

…だけど、あの日のランタンには願い事を書いたんだ。

願い事は…


―――もう二度と忘れませんように。


ランタンが飛んでゆく。
同じ願いを書いたランタンが、二つ。
俺の手から一つ、…隣の誰かの手から一つ。
二つのランタンには同じ字で「もう二度と忘れませんように」と書いてある。

俺の字ではない。
…あの字は君が書いたものか?

そして俺たちはなぜ、そんな願い事をしたのだろう。