神官と咎人 花と記憶 26







ジュノウが疲れ果てた顔を上げる。
「3年後」
焦点のあわない目がオリハウラに向けられた。
「また、巻き戻りは起きるのか…」
「止む理由はない。 起きるだろう。」契約主にならって、精霊は端的に応えた。
「巻き戻ったら俺は… また忘れるのか?」
ジュノウの顔はパンセのほうを向く。 今までの3年間を忘れ、これからの3年間も失うのだろうか。
「わからぬ。 ”巻き戻り”は歪だ。  お前がなぜパンセ嬢だけを忘れたのかもわからぬ。 次の巻き戻りでは、別のものを忘れるかもしれん。 または何も忘れないかもしれんのだ。」
「…なら、すべてを忘れることもありえるのか。」
絶望がジュノウを飲み込もうと、這い寄ってきたのがわかった。


出会ってからの3年間を忘れてしまった。
ジュノウの中にあるパンセとの思い出は、1ヶ月分。

彼女をどう扱っていいかわからず、いやによそよそしい関係だった1ヶ月の記憶だけ。
パンセという名前。 眼がないこと。 手枷と足枷が取れないままだということ。 声。 髪の色。
…それだけ。
たいしたことは知らない。 いずれここを出て行くのだろうと思っていたくらいなのに。

―――哀しい。
なぜ彼女との記憶を失くしたことがこんなにも哀しいのだろう。
なぜ失くした記憶を死に物狂いで取り戻したいと思うのだろう。

理性ではない。 論理ではない。

返してくれ。

返してくれ! 俺の記憶を…



俺の大事なものを返してくれよ!!



ジュノウはそれっきり言葉を発しなかった。
泣くのに必死で言葉を紡ぐことができないのだろう。
パンセは、両手で顔を覆い跪いて泣き続けるジュノウのそばに寄ると、そっと両手で彼の頭を包んだ。

それでも泣き続けるジュノウが子どものように見えた。
右手でゆっくりと頭を撫でてやる。 空色の髪は硬いが、まっすぐで、撫でていると気持ちがいい。
オリハウラがそばによって来る。
何をするつもりかと眺めていると、ジュノウの隣にドカリと腰を下ろした。 それも、体が触れる位置に。
オリハウラには体温がないから、温かくはないだろう。 それでもそのふわふわな器がジュノウを慰めるに違いない。

泣きたかったのは自分だったはず。
ジュノウの頭を撫でながらパンセはぼんやりと考えた。
おかしいな… 忘れられたほうがつらいと思ってたのに。
ジュノウは自分よりよっぽど悩み苦しんでいる。

「…怖い?」 母親が子どもに訪ねるときのようだった。 まるで、お化けが怖いかと訊いている様な。
ジュノウは息が切れてまともに返事が出来ないらしい。
パンセの手が頭から、背中にうつった。

「哀しいの?」
今度はジュノウの頭が縦に動く。 動きに合わせて涙が落ちる音がした。
「そっか…」

それっきりパンセは何も言わなかった。 ゆっくりと背中をなで、ジュノウが泣き止むを待っている。
オリハウラもそれに寄り添う。

しばらくの間、3人はただそうしていた。