神官と咎人 花と記憶 27







日が高い場所へたどり着いた。
砂漠は今焼け付くような暑さになっているだろう。
家は木々が守ってくれるおかげでいくぶんか涼しい。 それでもあと2時間もすれば、「暑い」といわずにはいられない温度になる。
雲がおだやかに流れていく。


ジュノウの涙はおさまり、ただ静かな時間だけが部屋を満たしている。
パンセもオリハウラも、変わらず寄り添ったままだった。

「パンセ」
低い声。 ささやくような小さな声は、少しかすれている。
「俺は君を忘れたんだな。」
ジュノウの声は慰めを求めているわけではなかった。 ただ事実を確認している。
「…ええ。」


「そしてまた、忘れるかもしれない。」
「そうね。」
「…また忘れたら…

 俺はどうしたらいい…?」
目が、合った。 ジュノウの海のような目と、存在しないパンセの目。

「大丈夫よ。
 私がジュノを覚えているもの。」
「我も覚えているぞ。」
ジュノウがオリハウラとパンセを交互に見る。
顔には驚愕の色が浮かんでいる。

「オリハウラと二人で、同じようにジュノに説明するわ」
「あぁ、そうしよう」
オリハウラが角を生やした頭を縦に振る。

「私はジュノと暮らしてたパンセよ って。」
パンセが笑う。 柔らかな笑い声が響いた。

「そしたらきっと、ジュノウは『そんなはずない』ってまた言うのだろうな。」
「そうね、頑固だもんね。」
「それで我が言うわけだ。
 『この食器を見るがいい!』と。 かっこよく。」
得意げにしっぽを振る。

その様子を見てパンセが呆れたように言う。
「ずいぶん強気なのね…
 最初のころのオリハウラったら、私から逃げていたのに。」
「…… …え?
 いやー まさかぁ… 逃げてたわけじゃなくて…
 …ほら、タイミングとかあるだろう…? それを計ってたりしてだな…」


パンセが穏やかな顔を、ジュノウに向ける。
「ジュノが私に名前をくれたように。」
パンセの笑顔を見つめる。 見覚えのある笑顔。
「私が笑って暮らせるようにしてくれたように。」
パンセの白い手が、ジュノウの手に重なる。
「あなたにもするわ。」

「恩返し?」
「ううん。」
パンセの手にぎゅっと力がこもる。


「私が、そうしたいから。」
その返事を聞いて、ジュノウの眼がわずかに潤んだ。
ジュノ、また泣いちゃう?

「俺が忘れてもいいのか。」
「いいの って言われたら…」
少しむくれてみせる。
「ダメだけど。」
忘れられることが嬉しいわけじゃない。
今回のことだって、ショックで悲しくて、どうしていいわからなくて。
…だけど、忘れても、それでも…

「ジュノは、ジュノだったから。」
オリハウラの話を聴き、パンセの話を聴き、忘れたことを認め、必死になってくれたから。
それが自分の知っているジュノウ・サーレルそのものだったから。


だから…。

この後何回巻き戻りがおきて、そのたびに忘れられたとしても



「そうするよ」


ジュノウの手が、パンセの髪をなでる。
知らない色。 記憶にない感触。

見覚えのある、笑顔。

「そうか…」
記憶は消えた。
でも、消えないものが確かにそこに、残っていた。