塵の名前、灰の名前 7


どうも、少女の反応が薄い。
オリハウラ=ベルベルタは首を傾げた。
今現在の研究の完成具合は70%といったところ。 これより完成度を上げるなら、なんとしてもテティウスの協力が必要だ。

…完成を待たずにテティウスとの契約を解除したのは間違いだった。
とはいえ、あの状態で彼との契約を続けるのが無理だったのも事実だ。
オリハウラ=ベルベルタは過去を思い出して眉を寄せた。 彼が予想した以上に深い皺が眉間に刻まれる。

今日ここで彼に会えたのは幸運という他ない。しかも、テティウス自身は契約するのに問題がなさそうだ。
テティウスの契約者である少女の父親を説得するためには、まずこの少女を味方にすべきだろう。
この研究の素晴らしさをなんとしても伝えなくては。
口調がますます熱を帯びる。


「研究はね、ここまで進んだのです。」
左手を少女のほうへ差し出す。
涼やかな目が左手に注目するのを待って、左手にイメージを集中させる。 …手が砕けていくイメージを。

皮膚の色が黒ずむ。 …と、ほどなく指先から小さな黒い欠片が落ちだした。
指はどんどん先から崩れ、代わりに黒い欠片が地面に落ちる。

皮膚だった部分も、骨だった部分も、すべて。
欠片は見た目ほど軽くない。 風に飛ばされることなく、男の真下で小さな山を作っていく。
左手がまるまるなくなり、手首の部分まで進んだところで崩落が止まる。

道行くものが男の左手を見て、小さく悲鳴を上げた。
そちらを向くと、悲鳴の主は目を合わせることなく急ぎ足で去っていく。

先ほどの市場の反応と同じだ。
この能力は賞賛されることはあっても、嫌悪を抱かれたりするようなものじゃない。
畏怖ならばわかる。 だが先ほどの人間の顔に浮かんでいたのは単なる恐怖だ。
捕まえてこの能力の素晴らしさを講義してやりたい。
だが、視線を元に戻して気が付いた。
目の前に少女には驚いた様子すらない。 男の左手をじっと見つめている。

(…ならこれでどうだ。)
男は足元の黒い欠片を掴むと、無くなった左手の場所に振り撒く。
―――すると。
黒い欠片が色を帯び、まるで先ほどの逆再生のように手首から形を取り戻してゆく。

何度か繰り返すと、左手はもとの通り再生した。
動かして見せてみる。
少女に笑いかけた。 彼の長年の研究の成果を、テティウスの能力の素晴らしさを、少女に実演してみせた。


だが、それでも。

少女は無表情だった。


「残念ながら、まだ塵で器を作ることはできないのです。」
男は焦った。
彼女が彼の研究に興味がないのは明らかだ。
「塵の代用品として、先ほどの黒い灰を用いてましてね。 …この灰はいわば練習用です。
 もっと研究が進めばテティウスのように、塵で器が作れるようになるでしょう。」
なお、笑いかける。
「塵ではないとはいえ、すでに私の体はほとんどの部分が灰の器になっています。  タンパク質や水ではないのですよ。 しかも私は170歳を超えています。
 超えているが、まだ生きている。」

もう病気になることも、傷を負うこともない。 これは事実だ。
男は胸を張った。

「私はテティウスと同じ、不死者になったのです。」

見てほしい。 灰で作られた自分の器を。
賞賛してほしい。 自分の素晴らしい研究の成果を。

今ここで、大声で叫びたい。
私を見てくれ。 精霊の能力を手に入れた私のすべてを見てくれ と。


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